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【HIEプレップスクール】21世紀に必要なリベラルアーツ教育とは? ――東京工業大学と石牟礼道子――【前編】

      2020/03/31

皆さん、こんにちは。

両国校国語科講師の福島です。

現在、大学でリベラルアーツ教育が重要視されています。

それはなぜでしょうか。

このことについて東京工業大学(以下、東工大)と石牟礼道子とのつながりを通して、【前編】【後編】の2回にわたって考えてみます。

今回は【前編】です。 

 

1.東京工業大学と『苦海浄土』の世界

 

リベラルアーツとは、ギリシャ・ローマ時代の自由7科(文法、修辞、弁証、算術、幾何、天文、音楽)を源流とする、人間を自由へと解き放つ人間形成のための学問、教養を指します。

東工大では特にリベラルアーツの教育に力を入れています。

私は経済学者・宇沢弘文氏の影響で、石牟礼道子氏の文学に経済学的な面からも深い関心がありますので、2020年1月20日に東工大大岡山キャンパス(東京都目黒区)で開催されたシンポジウム「石牟礼道子の遺した言葉」に参加しました。

このシンポジウムはリベラルアーツ研究教育院主催で、リベラルアーツ教育の一環で行われたイベントです。

講師は町田康氏(作家)と若松英輔氏(東工大学リベラルアーツ研究教育院教授・批評家)でした。

シンポジウムでは、町田氏が石牟礼道子さんの作品を朗読したあと、町田氏と若松氏との対談があり、大変興味深いお話を伺うことができました。

町田氏も若松氏も石牟礼道子氏との交流はありましたが、両氏は初対面だそうです。

『苦海浄土』とは、水俣病の問題を被害者への深い共感から描いた文学作品です。

この作品の作者・石牟礼道子氏の文学が東工大のシンポジウムで取り上げられたことは、大変画期的なことです。

なぜならば、東工大教授の清浦雷作氏は、チッソ(日本窒素肥料、のちに新日本窒素肥料、現在はJNC)をかばって水俣病の原因究明を約9年も遅らせたために、さらに多くの被害者を出してしまったからです。

東工大の清浦教授は、人々や自然の「いのち」よりも「目先の経済」を優先してしまったのですから、水俣病に関する被害者や石牟礼道子氏の立場からすれば、最も憎むべき嫌な人だといえます。

水俣病は四大公害病のひとつで、1956年5月に最初の症例が見つかりました。

原因はチッソの工場排水に含まれる有機水銀(メチル水銀化合物)でした。

熊本大学医学部研究班は、チッソの工場排水に水俣病の原因があると考えて1959年7月22日に有機水銀説を発表しました。

チッソと通商産業省はこの説を全面否定しました。

日本化学工業協会も東工大の清浦教授もチッソを守る側につきました。

チッソは、東大出身者をはじめとした日本の超エリートたちが結集して、日本の高度経済成長のさきがけとなった会社であり、重化学工業の中核的な存在でした。

日本の理工系のトップである東工大の清浦教授は、1959年11月に水俣病が工場排水によって起こるという結論は早計だという主旨の報告書を通商産業省に提出し、1960年4月に有機水銀説でなくアミン説を発表しました。

そのために、水俣病の原因究明は大幅に遅れてしまいました。

1965年には新潟水俣病(第二水俣病)も公式に確認されてしまいました。

水俣病の原因が有機水銀だったことが公式に判明して政府見解が確定したのは、なんと1968年9月26日でした。

その間に被害者は増え続け、その過程は『苦海浄土』に描かれています。

怖いですね。

まさに、水俣病事件とは、現在と無関係の一地方だけの公害問題ではなく、文明や社会はどうあるべきかという人類への問いかけです。

《独占資本のあくなき搾取のひとつの形態といえば、こと足りてしまうか知れぬが、私の故郷にいまだ立ち迷っている死霊や生霊の言葉を階級の原語と心得ている私は、私のアニミズムとプレアニミズムを調合して、近代の呪術師とならねばならぬ。》(第一部・第一章)

《水俣病は文明と、人間の原存在への問いである。》(第一部・第五章)

《水俣病事件もイタイイタイ病も、谷中村滅亡後の七十年を深い潜在期間として現われるのである。新潟水俣病も含めて、これら産業公害が辺境の村落を頂点として発生したことは、わが資本主義近代産業が体質的に下層階級侮蔑と共同体破壊を深化させてきたことをさし示す。その集約的表現である水俣病の症状をわれわれは直視しなければならない。》(第一部・第七章)

私たちは石牟礼道子氏の作品をよく読んで、水俣病事件を他人事ではなく自分事として、文明や社会のあり方について考えていく必要があります。

2012年から東工大で教授(現在は特命教授)として「現代史」を教えている池上彰氏は、リベラルアーツ教育を重要視していて、水俣病事件を積極的に取り上げています。

《授業でこの話をしたあとに、「将来君たちが所属する会社の周りで公害が起きたら、どういう行動をとる?」「企業に都合のいい”科学的な見解”を求められたら君はどうする?」と問いかけます。教室がしーんとなります。その瞬間、それまで歴史の一項目としてしか認識していなかった「水俣病」が、自分自身の問題として迫ってくるわけです。》(池上彰「今なぜ東工大生に教養が求められるのか 池上彰のリベラルアーツ教育のススメ」)

池上氏は非常にすばらしい授業をしていますね。

ブランド力の悪用という悲劇を未然に防ぐためにも、技術者・研究者として社会に正しく貢献していくためにも、「生き方や倫理観の拠りどころとなる歴史やリベラルアーツを学んでおく必要がある」と池上氏は言います。

深い絶望から、かすかに希望が湧いてきます。

 

(以下、次回【後編】に続く)

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